六時半すぎに燃やすゴミを出しに行った
手ぇ 冷たいなあ・・・西の空を見ると月がーー
静かに帰ろうとしている 残月です
それじゃぁ 北の空は?
久須夜岳に少し雪が見える ここからの風が
冷たいんです
そして 東の空を見ると・・・
西空に残っている月が いなくなったらお日様が
この東の山から顔を出してくるのかな
出ろ、出ろ お日さま あなたが顔を出せば
大勢の人が笑顔になるのですよ・・・・
暑いのと 寒いのとどっちがいい?
と聞かれたら どう答えますか「どっちも嫌」ってかぁ
そうやわ どっちも嫌や、暑かったらモノは腐りやすいが
寒けりゃ長持ちするけど 寒いのは陰気やで、どうしても
家に籠って そして炬燵に頼る 寂しいと大抵が言う
今はまさに その通りです 何かを気張ってしていると
気も紛れるけど この寒さでは その気になれないわ
知人から電話があり「寒いなあ~どないしとるんかと思て」
「ひとり炬燵に入ってテレビを観るよりしゃないし」
と言っている
「あんた~炬燵も ぬる~い炬燵に入って電気を消して
薄暗がりで居るのとちがうんか 勿体ない言うて」
「違うでぇ温ったこうしとるさけ 出ておいでえな1人
では寂しいわ・・・」と
こんな話で そうかいうて外へ出るのも その気になれない
今は昔の事を思ったら ええ方やで ウチ等の時代は嫁に来た
ときは火鉢や、手をかざして手をこするだけ そないして居った。
人間は暑さには強い動物であるという 真夏の暑い時にでも
マラソンをしたり ボールの競技をしたりで
寒さより暑さに強いと載っていました。
午前中はひとり誰かが来てくれて しばらくお喋りしていたら
あっという間に時間が来て さよならでした。
そんな時は時計の針が速いんです(故障と違うか・・)
つまらんなあーーほんまにつまらんわーーーでも明日は
四人の知人に会います 感染対策充分にして年が明けると
なんやかんやのオミクロン株とかで。。。
水際対策も早くには言っていたけど もうはや感染者増。
今のうちなら
と云う事でKちゃんの家で 昼ご飯を食べます
それだけです 今の所の楽しみは。。
唱歌で田舎の冬 というのを知っている人は少ない
♪真白におく霜 峰の雪 静かに さめくる村の朝♬
。。。というんだけど もう知らないわなあ
今朝は初めての雪をみて田舎の冬の歌を思い出しました
マリーナのお船の辺りには ありません
風で飛んで行ったのかもしれませんし 少し陽が
当るとびしゃびしぁ~と消えてしまいます。
隣の畑に少しあるだけです
田舎の冬の唱には村雀が出て来ますが
最近は雀も見なくなりましたね
時代は 変わって行くのですよね なんだかぁ・・・
12月も後半になって来て寒さも一層身にしむ頃
思い出すのです
京子母が「ちょっと寝るわな・・」とよく言いながら
部屋で寝転んでいたなあ
唸るようなこともなかったので 普通に寒いので布団の
中へ入っていると思っていた。
今・・思うと 身体がどことなく えらかったんだわ。
ご飯も「また後で食べるし・」と云う事が増えて来てた。
正月に皆で寄った時も 座敷にみんなとしばらくいたけど
「なんかあまり食べたくない・・」と言い
部屋へ入って寝ていました。
きっと
その時分には身体の中がだいぶ病んでいたのです。でも
京子母は あまり騒がず 時々フウフウと大きな息をして
過ごしていました。
常日ごろは 小浜病院へ定期的に通って心臓の薬をもらって
いたようでした。
それから二月の初めに 「病院へ連れて行ってほしい。
えろうてかなん」 そんな事初めてで急いで連れて行き
即入院でした。
あれから20年以上になりますが私が京子母の、
その年齢にあと一年でなってしまいます。
最近 京子母の笑顔が見えるのですホンマに・・・
JAのふれあい市場に菊芋が出ていた
以前長男が名田庄の方で 変わったものがあったと言って
買って来たことがあり あの時は普通に煮たんだったかな?
特にどうって事ない味だった 皮が口に残ったという
事を覚えていた
生で見るとホントに土生姜とそっくりです。
もう一度買ってみよう
綺麗に洗い 薄切り・・といっても 普通の薄切り
余り薄く切ると砕けてしまいます
ラップをしてレンジで そうやなぁ3~4分 チンして
後は お浸しのように味を付けて胡麻を和える
簡単すぎて 言う程の事はありません
イヌリンて何か知らないが 食後の血糖値上昇を抑える
栄養素だそうで 今話題になっているって。
そんな話題は知らなんだ 大体野菜は色々な栄養素が
豊富にあり 良い事があるようです、
それと一緒に魚や肉も食べると良いと云う事なんやろね
胡麻の色も 菊芋の色も同じで見た目は大して・・・なあ
もっと青いネギかパセリで見た目を良くしたらいいかな
見た目は大事 食感は けりけりして マア・・美味しくて
カナンと言う程でもないが 栄養の事を考えると 時々は
食べたら いいんではないかしらねえ。
血糖値の高い あなた。。
きのうペットボトルの空がいくつかあいたので
天気も良く 雲城水を汲みに行きました。
船溜まりの横に車を置いて 空を見ていると
とても穏やかで気持ちがゆったりとします
係留してある船も気持ちよさそうに暖かい陽を浴びながら
船に心が有ったら 何を考えているんですか?と
聞きたいような 暖かいええ日でした。
こういう良い日が長続きしないのやなあ
天気予報の お兄さんやお姉さんがたは 大気が不安定で
所によってカミナリ なんなと言えばどれかが合います。
しかし いい日でした。
画像で見るよりずーーっと大きな鯛です
名人の吉川さんが釣った鯛がわが家へ お嫁に来ました
ありがとうございます
今はこの鯛を どうやって ごちそうに変身させようかと
思案中です。
釣果写真のところに吉川さんが持っている鯛です
立派な鯛・・・・さあてと。
山の口の 年祝いの人たちの名簿が配られて来ました。
あらぁ・・あの人がもう還暦?へぇ~3人さま
あれまあ この人が古希?へぇ~ 8人さま
八十八、米寿 4人さま へぇ~
42歳が 3人さま
喜寿お二人さま 三十三もお二人さま 五歳が5人
五歳の お子達女の子も男の子も 楽しみです。
傘寿 九十歳の方もおられます お元気でしっかりした
素晴らしい女性です みなさまおめでとうございます
渡辺宮司さんの祝詞が始まりました
一般の人は
拝殿に留まらないで各自お参り後は引き揚げてくださいと
云う事でしたが 知人の双子ちゃんが参るので・と以前から
聞いていたので 待っていました
結局、最後までお参りに参加させてもらいました。
ところが 1人の子が準備した晴れ着のスーツを「着んー」と
言うのでと普通の洋服で現れました
あ~そうなんか 仕方ないなあ 1人の子は上下そろいの
を着ていました。
拝殿では おとなしくしていてパパママに手を
やかせることは無いようでした。
目の前に
ハイカラなヘアースタイルのパパさんが男の子を連れていました
終わってから外へ出て お名前は知らないが「かっこいいな
写真撮らせて」 お日さんで眩しかったのか
気張って こんなポーズを、そしたら私の後ろにパパさんがいて
この人です。誰かがタクミチャンと呼んでいました
双子ちゃんのパパ、ママです。
とにかく上天気で言うことなしの日和でした。
昨夜は眠れなかった ゴーゴーと鳴る山の木の揺れる音で
ヘッドホンを付けてテレビの音を大きくしても
頭の上からその音が入って来ます。
何でもいい賑やかな音がする番組を鳴らしていた。
夜中にはショップチャンネルとかで 元気なあの人が
あの・・・・人 よく見る 言葉がスラスラと出て来る
あの人 え~~っと あぁっアンミカです。
何んか分からないけど アンミカあのような売る商売も
しているみたいやな 注文が入りました・・・とかで
「ありあとうございますぅ」と何度も言っていました
私は夢かうつつか うとうとしたんだろう
アンミカとカバンを見ている夢をみました
そういえばニュースで日大の理事長の奥さんはカバンが
好きで それも赤色ので 家宅捜査したとき百個ほどの
赤いカバンが並んでいたという。
それとごちやまぜの夢を見たんだな 私はアンミカから
カバンは買いませんでした。夢の中でも。
ヘッドホンをしていても爆風の音は丸聞こえです
朝には 心身ともに疲れました。
同じように風が大嫌いな人が二人おりまして仲間がいて
安堵しました。
今日もまだ吹いています こんな事を言いながら
思ひながら後何年居なければならないのか
地震、や噴火、など何処に居ても災害はやって来ますが
いざという時の準備とはどうするのかと放送していました
水、は二日間ほど分、即席の食料など説明していましたが
それらを持って避難、逃げる事が出来るのだろうか
随分前にこんな事を聞いた
「おじいさん、もしもの時にはこのリュックを背負って
逃げるのやで」と「みんなは仕事に行っていなくても・・」
おじいさんが「は~っ わし、こんだけ重たいモンを
背負って歩けんわな」と言う話を聞いた
ほんとに いざ避難せよ。となっても何も準備が
出来てない
甲ヶ崎区民が
山へ逃げるなら 山の上に小屋を建てて 食料などを
必要な物を置いてたらいいのではないかナ
身ひとつで逃げられるように。
北極圏にあるスヴァールバル諸島に300万種近い植物の
種を保管する 世界種子貯蔵庫 があるのは
昔聞いたことがある。世界の国の種を500年以上保存
すると云う事を。将来来るかもしれない食物絶滅に備えて
核戦争などで 地球上に植物の種が無くならないように。
しかし北極圏も温暖化で 凍った土が溶けていくとかで
緊急対策を考えているそうです。
種は何十年かに入れ替えているということも聞いた。
温暖化も人間のセイです。。戦争も人間です。